誰が本を持っているか

お客さんの家を一軒一軒マメに回ることで、思わぬ蔵書を引き当てることもあります。

 ある古書店主の話をしましょう。彼はある家の古い納戸にしまってある昭和二十年代、三十年代の貸本のハンコの押した漫画や小説を手に入れたそうです。状態は決して良いものではありません。多くの読者たちに擦り切れるまで読まれてきた本だからです。それでも貸本は人気があります。絶版ものも多いのですが、なによりもその郷愁を誘うその匂いです。その味が売りになるのです。

 街だけでなく、村にだってきっとどこかに本が眠っているでしょう。しかし、こちらが沈黙していても向こうからやってくるわけではありません。こちらから手を伸ばさなければならないのです。求めよ、さらば開かれん、です。

 以前に配布したチラシも少しずつ効果を発揮しました。また文化団体にも手紙を書き、本の譲渡を希望する旨を先方に伝えました。その他、小説などの同人仲間で、亡くなった人の蔵書処分の話があったりしました。

 誰が本を持っているか、ということです。実際、読書家というのは少なく、本読みは百人に一人いるかどうか。多くの人々は読書と無縁の生活をしているのです。大学生も本を読まなくなりました。本読みはある意味絶滅寸前の種族なのです。その中から、本を発掘することがどれほどの困難なのかは想像に難くないでしょう。

 古本屋は一朝一夕でできるものではありません。自分の蔵書だけではどうしても内容が偏ってしまいます。

 本が出てこなくなった理由には、多くの本がゴミとして処分されてしまっているということも考えられます。

 古書は増えることはありません。確実に減る一方なのです。 

 月に一度の古新聞や、雑誌のごみの日には、収集所をなんとなく気にしてしまいます。そこには時には信じられないような本が出されているのです。

 古本屋の使命は、これらの文化遺産の無為な消失を防ぎ、それらの価値を後世へと伝えていくことなのです。

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