古本が古書店にたどり着くまで

専門店と呼ばれるようなコアな古本店も、かつては店売りで一般書を扱っていることが多かった のですが、昨今は目録販売などに特化して、みんな店を閉めてしまいました。 めったに古書市場でも見かけないようなレアな本を扱っている古書店主がずいぶん前から無店舗化しています。お客様に、次のようにたずねられることがよくあったそうです。 「こんなに珍しい本、近所の人が持ってきたのですか」 珍しい本がどうやってその分野を得意としている店の棚にたどり着くか。ここでは、その秘密を明かしていくことにしましょう。

一冊の本はどのように古書店にたどり着くか
古本には、「高いほうに流れる」という性質があります。 その話の前に、古本業界では珍しくない、こんなエピソードを紹介したいと思います。 専業主婦のA子さんは、引っ越しを前に、古本屋を呼んで手持ちの蔵書を整理することにしまし た。 A子さんが住む町には、古本屋が一軒だけ。そこでまずその店に電話をしてみると、気難しそ うな声色の店主が一応、見に来てくれることになりました。 A子さんは電話の雰囲気から、雑多な本ばかりで古本屋の機嫌を損ねてしまって、引き取っても らえなくなってしまっては困ると思い、古本屋が来る前に、ある程度、自分で処分できるものは処分することにしました。 A子さんが最初に処分を決めたのは、亡くなった義父が趣味で集めていた雑誌類でした。続いて 夫が学生時代に読んだ評論、自分がかつて参考にしたファッション雑誌、子どもが小学生の頃小遣 いで買った妖怪の本なども、自分の判断で処分しました。雑誌は汚いし、難しい評論など読む人が いそうにないし、流行遅れのファッション雑誌なんて意味がないだろうし、妖怪の本は不気味だか らです。 残ったのは、セールスマンが夫の会社に売りにきてロ ーンで買った世界美術全集、毎用、鍋と一 緒に送ってきて一年で完結した料理本のシリーズ、ほかには子どもが小学生になったのを機にそろ えた子ども文学全集、それに学習百科事典でした。 どれも分厚くて硬い表紙が付いた本です。しかもほとんど読んでいないので、表紙は 色あせているものの、中身は新品同様です。それに何より、シリーズもので第一巻から索引巻までそろっています。同じデザインの背表紙が壁いっぱいの本棚に並んでいるさまは壮観でさえありま す。これなら古本屋のおやじさんに見せても恥ずかしくないはずA子さんは、そう思っていま した。
ところがやってきた古本屋の反応は、 A子さんの予想とはまったく正反対のものでした。古本屋 が言うには、「捨てたほうに価値がありました」とのこと。残念ながら、引き取ってもらえなかっ たということです。 なぜでしょうか? まず、全集や百科事典のような「揃い物」は、80年代前半にはたいへん 人気が高いものでした。応接間の壁を占める全集類には、その家の主人がいかに知的で文化を大切 にする人物であるかを示す役割がありました。だから、会社にやってくるセールスマンから、同僚 と競って歴史や美術の全集を買い求めたのです。また、家では子どものために、英語の百科事典や 毎月送られてくる絵本のシリーズなどを契約していました。 新聞社などが限定と銘打って刊行した「豪華本」も同様で、なかには三重の函に入った巨大な本 もあります。こうした本は所有することにこそ意味があり、どの家でも、実際にページがめくられ ることはほとんどなかったのではないでしょうか。 ヨーロッパではいまでもそうした傾向がみられますが、かつては、日本でも書棚がその家のある じの社会的なステータスを表していました。しかし昨今では、そもそも応接間がある家自体がなく なっていますし、かつて多くの人が買い求めた全集ものなどを、家のリフォームなどの際に手放すケースが増えています。そのため買いたい人に比べて売りたい人のほうが圧倒的に多く、 ほとんど値が付かない状態です。